周姫様建立後の散歩道での歴史散策

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 朝は寒かったが良い天気に恵まれたので、散歩に出かけた、菜園とは関係ないことになるが備忘録として少し我が地の歴史に伴う伝説などを書いてみよう。
昨日11月3日だが、文化の日いろいろと各地で行事があったようだが、ここ興元寺近くの片隅でも周姫の石像建立の除幕式が行われた
これが建立された周姫(かねひめ)像

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不幸な人生だった金姫様とは何でしょう、ほとんどの人が知らないと思うのですが
そういう自分もこの地に住んでいながらおぼろげに逸話としてしか知りませんでしたね
経歴については、詳しくはここに書かれているので写真を張り付けておきます。

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この画像はサムネールになってますのでクリックして大きい画像にすれば何とか読めると思います。
 周姫と言えばぶっちゃけた話、魅力的ないい女性だったんでしょうね
後に『二の丸様』と呼ばれ毛利輝元の側室になるのだけど
周姫は児玉元良(こだまもとよし)の娘として現在の広島で生まれ大変な美人、そのためか時の権力者毛利輝元(もうりてるもと)に見初められ側室として要求されるが、それを断り徳山の杉 元宣(すぎもとのぶ)に嫁いでしまいました
頭にきた輝元は周姫を略奪して元宣を暗殺、元宣は菩提寺であるここ興元寺に奉られました、そして毛利の家臣である杉家は断絶されました、現在興元寺の裏山に元良、元宣親子の墓があります。

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輝元の側室にならざるを得なかった周姫は輝元の子供を産みましたが、美人薄命、心労のためか病気になり山口の覚皇寺で32歳の若さで他界、不幸な人生を送ったようです。
周姫の死後、毛利家では不幸が相次ぎ周姫の祟りではないかとの噂になり挙句には
周姫の産んだ子が、本家萩初代藩主に毛利秀就(もうりひでなり)、徳山藩主に毛利就隆(もうりなりたか)となってしまいました、怨念がそうさせたのでしょうか。
ただ、周姫死後子供が藩主になっても毛利家の墓には入れてもらえなかったようです
また、暗殺され興元寺で祭られている杉元宣が、周姫恋しと夜な夜な白馬に乗って出かけるということで正門は閉められたままにされ、半世紀前までは開かずの門になってました
これがその開かずの門

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正面から見た門と境内から見た門ですね
自分が子供の頃は閉まっていて横に小さなくぐり戸がありそこから出入りしてました、このお寺遊び場でしたから覚えてます、現在は開きっぱなしになってます、閉まることはありません。

 建立された石像の横には、周姫様が死ぬまぎわに写真に書かれたような遺言が残されいたと書かれてます。

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あの世に行ったら、許していただけるなら元宣のもとに行きたいということでしょう
300何十年ぶりに暗殺された愛する元宣の眠っている場所に帰ってくることが出来たということでしょうか、丁度建立場所は元宣の墓から真下に見え、こんな感じで見上げてます

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誰がこんな演出を思いついたのか知りませんが、一つのロマンなんでしょうね。

 今日はこのお寺が経営する幼稚園の園児が毎年サツマイモの芋堀を体験するのですが丁度その準備をされてました、お寺の下のわりと広い芋畑です。
以前は近所のボランティアで少しづつ準備されていたように思ってましたが現在は業者が来て芋蔓の撤去などユニック車等準備して5~6人でやってましたね。

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たかが芋堀、これでは収獲するサツマイモ、高価な芋になりそう。

それにしても良い天気でした、あり難い。

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コメント

  1. 花より団子 より:

    試し掘りのサツマイモが豊作だったので孫を呼ぼうかと思いましたが
    後2株だったので止めたのですがその株は不作だったので呼ばなくて
    良かったです。
    ジャガイモのときでも呼ぼうかな。

    • ぽあろ より:

      花より団子さん、こんばんは~

      そうですか、我が家はサツマイモは不作でしたね
      また、ジャガイモも不作の感じがします、と言うのも幹が倒れ根本付近が枯れてるんですよ
      葉は枯れてはいないようですが、今年はダメなものばかりでいやになります。

  2. ぶぅパパ より:

    ぽあろさん、こんばんは!

    お天気が良い日は近所の散策も良いですね!
    周姫さんのお話、興味深く読ませていただきました。
    何時の時代にも美人薄命、不幸な女性がいるのですね。
    戦国時代末期の女性と言えば、浅井三姉妹を思い出します。

    • ぽあろ より:

      ぶぅパパさん、こんばんは~

      ここ2~3日は良い天気で行楽日和なんですが、最近は出かけなくなりましたね、せいぜい近くの散歩がメインになりました
      どこの町でも村でも、探せばいろんな過去の歴史がありますね
      どんな生活をしていたのか
      地域の古地図を見て昔の景色を想像するのも面白いです。